J humind association

人生をロールプレイングする/『生き直す』という新しい選択肢

『個が立つ和の共同体社会』という
新しい自分の在り方の創建と
優しい人との繋がり方

Proposal to live as RPG

J humind association 総括

私は2016年4月10日に雇われで働く事を辞め、独立して生計を立てていこうとしていた。

 

きっかけはこちらの記事に


 

その矢先、2016年4月17日にある人と出会った。
榊みや子である。

 

私は自分の中の整理できない感情・思い・実現したい未来をぼんやりと持ったまま、
熱意とやる気だけで独立しようとしていた。

わたしは私自身を全然知らなかった。

榊と出会ったのは私にとって物凄く幸運なことだった。

何から始めたらいいのかもはっきり決めていなかった私を、根気強く支え、導いてくれた。

榊と出会わなければ今の自分はなかった。


同年5月に「J humind association」という屋号を決め、それ以降は常に榊が居る状況で活動してきた。

自分のやりたい道を纏めるの手伝ってくれ、私の成長の為にたくさんの事を起こしてくれた。

私一人で成したことなど何もなかった。

ほぼ全て榊がしてくれていた。

今年の9月に榊と離れて活動するようになり、実感として本当にそう思う。

榊みや子、君がくれたものは計り知れない。

約3年半もの間、本当に有難う。

 

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2020年は私にとって本当の意味での《独立》の年。

今迄たくさんの人と出会い、多くの経験をさせてもらったことを、心の底から感謝してます。

そして、私と出会ってくれたことへの恩返しをしたい。そう思うようになりました。

 

私は今、Web開発の勉強をしています。

私の自慢の友人知人だけでなく、まだ見ぬ未来の友人知人とも面白楽しく交流できる。

そんなサービス構想を考え付いたので、形にするべく勉強しています。

 

今迄の経験の全てを乗せて、みんなと遊びたい。

私は今迄自分が遊ぶだけのプレイヤー特化型だった。

けど今は作りたいと思うようになり、初めてクリエイターとして新しいものを生み出したいと思うようになった。

多くの人に支えられ、今の自分がある。

私の中にはたくさんの人が居て、そのすべての人にプレゼントを渡したい。

私のやりたいことに乗せて。

 


J humind associationは鬼頭哲也と榊みや子の二人で構成された形式で進んできた。

けどそれは一旦終わりとします。

今後はそれぞれが自分の興味とやりたいことを思う存分やっていく。

衝突地点があればまた共に進むこともあるだろうけど、それも一時的なこと。


2019年、私にとっては脱榊みや子の年となった。

2020年は自分のゲーム作りを始める。

3年半越しの独立。


掻き回してじっくり煮込んでみんなに披露します。

それは、出会ってくれたすべての人のエッセンスを私なりに凝縮した作品となります。


頑張って形にするぞ~!!

 


2019年12月31日
J humind association
鬼頭哲

自分の想像を超えていくワクワクの人生を送れない理由はズバリ②

前回の記事はこちら。

 

 

 

 

 

3つ目は「自分でやるのが好き」というスタンス。

 

「自分の行動の結果によって感謝されるのも好き」とも言っていた。

 

 

 

 

これを、

 

「ん?当たり前じゃね?」

 

と思った人。

 

私はそのスタンスで沢山の可能性を台無しにしてきたことをご報告致します。

 

 

 

 

 

「自分でやるのが好き」というのは、

 

=「独りでやらなきゃ気が済まない」と同意なんです。

 

これは、誰の助けも借りずにどんな困難も孤軍奮闘するということ。

 

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ひとりで何かを成し遂げるのは確かにカッコいいかもしれない。

 

でも、自分一人で出来ることは実はそんなに多くない。

 

誰かに助言を貰ったとしても、

 

やる時は結局自分一人でやってしまうと、

 

過去のパターンを無意識に繰り返してしまう。

 

自分以外の誰かに、

 

客観的な視点で見てもらったり、

 

時には一緒にやることで、

 

普段の中でどういう風に新しい手法を取り入れるのかを実体験する機会を貰う。

 

これは本当に貴重なこと。

 

 

 

 

 

よく自己啓発セミナーや自己実現勉強会など、

 

考え方や思い方・受け止め方や捉え方の正しさを教えてくれる場がある。

 

こんなに世の中に成功の法則みたいなものが溢れているのに、

 

なんで自分の生き方がいつまで経っても自分の思い通りにならないのか。

 

何故自分の想像を超えたワクワクの人生を送れないのか。

 

 

 

 

それは、自分の思った通りにしかやらないから。

 

今迄の人生、自分の思った通りにやってきての今のはず。

 

それが思い通りになっていなかったりワクワクした結果になっていないのなら、

 

自分の思った通りにやる方向性の修正が必要。

 

「抱いた希望」と「そこに紐付く行動」が一致していないから思い通りにならない。

 

それを自己認識する為には、

 

自分のどんな「行動」が「抱いた希望」から遠ざける原因になっているのかを、

 

他者に観測してもらいそれを教えてもらう必要がある。

 

多角的に自分を見る目に、

 

他者になってもらうことが重要。

 

 

 

自分のことは自分が一番よく解ってないと私は思っている。

 

だって自分は自分のことを「こういう人間だ」と思い込んでるのは一方向的な見方。

 

自分を多角的に観るには、

 

客観を取り入れていかなければ自分に使う方法を得ることができない。

 

だから多くの人の目を借りて、

 

今の自分はどう動いていて、

 

それはどういう結果に繋がるのかという意見をもらうのが一番の早道だと思う。

 

 

 

 

私も自分のことは自分でやらなければいけないと、

 

長年思ってきた人間だった。

 

私はその考え方を3年半前に捨て始めて今に至る。

 

自分なりはもう何十年とやってきた。

 

それで培ってきた結果に満足できなかったから、

 

だから客観を物凄く今は参考にしている。

 

耳が痛いような意見でも、

 

その人から見たらそれが真実なのだから、

 

否定することなく素直に受け止める。

 

そして、

 

自分の何がその人の受け止め方と結びついた時に、

 

そう思わせてしまうのかをトコトン分析する。

 

その繰り返しをしてきた結果、

 

人がどういう時に何を考えやすいのかがボンヤリとわかってきた。

 

思考パターンと行動パターンは一致する。

 

それがその人の基本スタンスを形成し、

 

それが個性となっている。

 

自分とトコトン向き合うことで、

 

何をズラして何をすればいいのかは、

 

自分で考えても答えが出せるように最近なってきた。

 

それでも私で3年半かかった。

 

 

 

 

 

何事も一人でやるのは私はオススメしない。

 

ただ一つだけ付け加えておくけども、

 

他力を宛にし過ぎるのはもっと良くない。

 

自分が最大限やれることをやった結果、

 

それでも出来ないと思ったことは、

 

出来ないと認めて他力を借りる。

 

このスタンスをお勧めする。

 

でなければ、

 

自分で考えることも、

 

自分で結果を出す事も、

 

全て他者に委ねてしまう人間になってしまい、

 

自分の思い通りどころか、

 

他者の思い通りの駒使いに成り下がってしまうからだ。

 

 

 

 

この時話した私の友人は、

 

自分でやれるだけのことはやり切った人だと私は思っている。

 

そして自分なりを繰り返し続けているように感じた。

 

 

 

 

願わくば、

 

「自分なり」とは違う選択肢を自らが選べる柔軟さを持ってほしいと切に願う。

 

共に遊べる仲間はここに居るのだから。

 

 

 

 

~ 完 ~

 

 

 

 

 

 

 

ひとまずここまでを一区切りとします。

 

また違った角度で更新していこうと思います!

自分の想像を超えていくワクワクの人生を送れない理由はズバリ①

前回の記事はこちら。


 

 

次の休みの日。

 

人に会いに行った。

 

約1年振りかな。

 

会おうってなったらその週に時間作ってくれた。

 

 

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いろんな話をしたんだけど、

 

中でも印象的だったのは3つ。

 

 

 

1つ目は「自分はそれ出来ない」とハッキリ断言してること。

 

出来ないと決めている事を無理にしないというスタンスは素敵だと思った。

 

出来るようになりたいと思った事はやるけど、

 

出来ないことだと位置付けることで無理に出来るように頑張る必要が無い。

 

相手がどんな意図でそうしているのかは聞いてないからわからないけど、

 

この発言から発想を得た私は、

 

今後出来ないを決めるという選択肢を得た。

 

 

 

2つ目は「何がしたいか自分でわかってないけど今楽しい」という状況。

 

以前の私も同じような状況だった。

 

今の自分のやってることがどんなことに繋がるのかわからない。

 

その方向性は勿論あっていいと思う。

 

でも最終的に自分がどんな人生を送りたいかを、

 

ボンヤリとでも思い浮かべておくと後で後悔することを今する必要が無くなる。

 

今以降はすべて余生。

 

どんな余生を送りたいかを一旦決めることは私のオススメする生き方。

 

別にそれに固執する必要はない。

 

何度も変えていいと思う。

 

結局は自分の考えてることなんだから、

 

内容変わっても方向性が大きくブレることはそんなにないと思うから。

 

私の余生の理想の生き方は、

 

①自分の人生が常にワクワクで溢れている。

 

②人と何か楽しい遊びをしている生活。

 

③新しい「もの」「こと」「ひと」と出会い続ける。

 

この3つ。

 

これがあれば人生楽しいと私は思っている。

 

 

 

 

そして3つ目。

 

これは私も自分がしていたことだったと思い知ったことであり、

 

自分でワクワクを作れなかった原因だと腑に落ちた言葉だった。

 

 

 

 

~つづく~